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音楽大学の受験から趣味レッスン仁平桐子個人音楽教室

私の音大受験記~作曲編~

私が本格的に音大を目指し、受験勉強を始めたのは高校1年生の春です。 ピアノは3歳の頃から両親のススメで習い始めましたが、意外にも自由奔放に楽しみながら続けていた程度で、私の人生が本当に音楽色に染まっていこうとは!誰も想像していませんでした・・・
小学校~中学校は、陸上、水泳、バスケットボールに励む、わりと活発な少女時代でした。オテンバ少女が、なぜか週に1度ピアノ教室に行くことは楽しみで、頑張って練習していたようです。 3歳からピアノを始めたおかげで、指だけはよく動いた私は「ピアノの上手な女の子」として、学校ではちょっとした有名人でした。(ほんの一時の過去の栄光です・・苦笑)
その頃は世界が狭いので、周りに自分よりも上手くピアノが弾ける子を知りませんでした。 それが!ある日突然、ピアノ教室に入ってきた子がめちゃくちゃ凄い子で、生まれて始めてのライバルの出現に焦ったのを覚えています! その子は、先日までドラマ化されていた「のだめカンタービレ」の、のだめちゃんみたいな子で、聴き覚えのある曲は耳コピーをして何でも弾いてしまいました。それどころか、移調までしちゃうし!(スゴ~ィ!!!) 
その他にも、きれいだなぁ~、面白いなぁ~、と感じたメロディーやハーモニーはジャンルを問わず、自分なりにアレンジしてしまうのです。(感動だったなぁ~!!) 私もそんな音を弾きたくて、遊び弾きで曲を作るようになりました。思えばそれが作曲を始めるきっかけになったのですね。。とにもかくにも、その子が現れてからは音楽が楽しくて楽しくて♪よく2人で競い合っていましたね~ 私は負けてましたけどね、、(^^; 少し年上だったその子は、普通高校を卒業した後は単身アメリカに飛び、バークリー音楽大学に入学。(現在は主にアメリカと日本でプロの作曲家、プレイヤーとして活躍しています。)
私はといえば、その後、音楽高校のピアノ科に入学。(作曲科に入学したかったのですが、地方には作曲科がなく、断念。。)大学は作曲科を目指し、本格的に勉強を始めるようになります。

前おきが長くなりましたが、ここからが、「私の音大受験記」本題に入ります。 ピアノ科に入学した私は、学校ではピアノ科らしく振る舞いながら、家では作曲の勉強をする毎日が始まりました。 音楽高校ということで、先生方にはご理解頂き、特別に作曲の先生を紹介してもらいました。 しかし!アカデミックな作曲の勉強など満足にしてこなかった私は、基礎が全くなっておらず、それを頭と体の中に叩き込むまでは大変な毎日でした。。(><) まず、作曲科に入るには↓

  • (1)和声1巻、2巻、3巻(必須)その他、Challanのソプラノ、バス課題 等
  • (2)対位法 2声、3声、4声(必須)学習フーガの制作
  • (3)自由作曲(様々な形式、編成を習得し、受験ではSonata形式程度を作曲)
  • (4)副科ピアノ(全調スケール、バッハ..インベンションとフーガ、自由曲)
  • (5)ソルフェージュ(聴音、新曲視唱 等)
  • (6)学科(主に国語と英語)
以上の内容を習得しなければなりません。これは芸大受験を目標とする内容ですが、他の音大を目指すにせよ、この内容をこなしておけば、ほぼ間違いありません。

 

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「L'espoir ~胎教と赤ちゃんのための~」
2010年8月発売
  • 2007/8/29/松岡ヨシミ『To Above』へ楽曲提供(Colors of love、軌跡)
  • 2007/1/10/新光証券・店舗内イメージソング作曲
  • 2004/7/14/「初戀」/林明日香 M-04 十二単(作曲)

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